生徒会新聞AMBITIOUS

令和7年度

校長メッセージ

『せっかく生まれてきたのだから』


 卵子と精子が出会うと合体して一つの受精卵となる。その受精卵の細胞は2つ4つ8つと倍々に細胞分裂して、最終的には37.2兆もの細胞が一つの生命体である人間の赤ちゃんとして誕生する。まさに人間の妊娠出産は生命の神秘であり奇跡である。この世に生を受け、生まれてきたことが奇跡。いただいたこの命、粗末には扱えない。

 2023年の世界保健機関の統計によると、日本人の平均寿命は84.3歳で世界一。その長寿の要因は、日本の医療のレベルの高さと国民皆保険制度により、医療費が安く病院にかかりやすい環境であること、また国民の健康に対する意識の高さも相まっての結果であるという。

 私事になるが、私の母親は1919年(大正8年)生まれの106歳まで生きたスーパーおばあちゃんであった。100歳になるまで、和裁の教師として自宅で和裁教室と手芸教室を開き、週に2日、後進の指導にあたっていた。掃除洗濯、自分の身のまわりのことは自分で何でもする。背筋がピンと伸び、スタスタ早歩き、ジョギングまでしてしまう。大正・昭和の混乱期を生き抜き、平成、さらに令和7年3月末まで元気に生きた、スーパーを飛び越してモンスターに変身した令和の凄いおばあちゃんの一人であった。

若いころ、和裁を学び、女学校時代に修行を重ね教師の免許を取り、百歳の年まで現役を続けた凄い人。健康で元気であれば資格は一生もの。それを実証した素晴らしい人生であったと思う。

母が生まれた時代は、第一次世界大戦が終結した翌年の1919年。幼少期の1923年には関東大震災に見舞われ、1941年には第二次世界大戦が勃発し、1945年の敗戦後に中国の満州国から命からがらの帰国。1964年、日本の戦後復興のシンボルとなった東京オリンピックの年、連れ合いに先立たれる不幸に見舞われながらも、戦争、自然災害、復興の大変な時代を生き抜いたスーパーおばあちゃん。大正、昭和、平成、令和と106年の生涯を、逞しく生きたタフな女性であった。

 人生100年時代と言われる今、生徒、学生の皆さんはこのあと70年、80年生きていくことになる。さてどんな人生を歩むのか、どんな未来が待っているのか、ワクワクドキドキ、夢が広がる。でも残念ながら長い人生、良い事ばかりはない。山あり谷あり、人生長く生きていればつらいこと悲しいこと、失敗することもいっぱいある。それでも一生懸命働いて、健康で元気に生きていれば、いつか良い日もやってくる。幸せ求めて、幸せ感じるときが必ずやってくる。

諦めず勇気をもって、一歩、前へ、前へ。若い時だから頑張れる。若さは宝である。

今日がだめなら明日がある。明日がだめなら明後日も、明々後日もある。明日は逃げていかない。

人生『NEVER GIVE UP』。